FC2ブログ
05 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. // 07

どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている 

昭和特撮文化概論
 ヒーローたちの戦いは報われたか
  鈴木美潮  集英社文庫


おそらく誰もが一度は見た事があるであろう特撮ヒーロー番組。
その特撮ヒーロー番組の文化論。

今でこそアニメは世間の評価が高まってきたが、特撮ヒーロー物は未だに「子供向け」という風潮がある。
「ウルトラマン」なら、まだ時に重いテーマを扱っていたと認知されているが、それ以外のヒーロー物は「お子様向け」扱い。

かく言う自分も「ウルトラマン」なら、まだ分かるが、スーパー戦隊シリーズや仮面ライダー(特に平成仮面ライダー)となると、ほぼ未知の世界。
先日、「ウルトラマンと"正義"の話をしよう」(神谷和宏 朝日新聞出版)を読んで、「かぶれた」ので、本屋で見つけた本書を読んでみた。

正義のヒーローの変遷、という直球の内容から、悪の組織の変遷、ヒロイン、悪のヒーローの変遷、ひいてはスーツアクターや主題歌の変遷まで、多岐に及んでいる。

昔、タイトルは忘れてしまったが、スーパー戦隊シリーズ ●●周年記念特番なるものがテレビで放送された。
その時、見るともなしに見ていた時、ヒーローの造形が景気の影響を受けている、となんとなしに感じた事があった。
景気がいい時のヒーローは「飾り」が多く、景気が悪い時のヒーローはシンプルなデザイン。
製作費が景気の影響を受けるから、当たり前といえば当たり前だが・・・。

だが、本書を読むと製作費に関する事以外でも特撮ヒーロー物は社会の影響を受けている、というのが分かる。
「歌は世につれ、世は歌につれ」と言われるが、「歌」を「ヒーロー」に置き換えても同じ事が言えるというのが面白い。

特に印象に残ったのは、「月光仮面」のキャッチフレーズが「憎むな、殺すな、赦しましょう」だったという事。
「ウルトラマンA」でも、最終回、地球を去るウルトラマンAが「やさしさを失わないでくれ、弱いものをいたわり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも友達になろうという気持ちを失わないでくれ。たとえ、その気持ちが何百回裏切られようとも。」と言っている。
言葉自体は大分、異なるが根底にある考え方は一緒。

日本の特撮ヒーローの特徴は、戦うだけでなく、「モラル」も説くという点にあるらしい。
そして、そのヒーロー達で、戦いを好む者は誰一人いなかった、という。

自らの存在が不要とされるような世の中こそ、ヒーロー達の願いだったというのは、殴り、または殴られた時の「痛み」を知っている人が製作者側に多かったのだろう。
ウルトラマン以外の特撮ヒーロー物を見る目が変わった気がする。
スポンサーサイト

[edit]

鳥よ♪鳥よ♪鳥たちよ♪ 

小鳥草子
著者名    :中村文
出版社    :山と渓谷社
読了日    :2019/01/04

鳥好き著者による小鳥をテーマにしたエッセイ。
トキメク
ヒラメク
シミイル
タノシム
の4章から成り、最初にエッセイが2ページ。その後、4コママンガが2ページで1節、という構成。

その他、鳥の横顔イラストがあったり、詩があったり、著者撮影による鳥写真もある。
また、最後は鳥類学者の川上和人氏との対談があったりして、本の厚さの割に内容は盛りだくさん。

「序」で"たいへんものぐさなので、遠くへはあまり出かけず、散歩のついでにぶらっと小鳥に会いにゆきます。
だから、この本の中に出てきますのは、ほとんど、町で見られるごくふつうの小鳥たちです。"
と書いている通り登場するのは、スズメ、ムクドリ、ヒヨドリ、ハト、カラスといった面々。

(自分にとって)馴染みの少ない鳥でも、カワセミ、ジョウビタキ、エナガくらい。
カモなどの水鳥系は対象外なのが、やや残念。
タイトルに「小鳥」と謳っているから、カモ達も入れたら、看板に偽りありになってしまうか・・・。

エッセイもマンガも非常にほのぼのとした感じ。
トリビア的な内容は、ごくわずか。
鳥たちのちょっとした仕草や、鳥にまつわるエピソードが柔らかい感じで描かれている。
鳥に関する雑学的な内容は最後の川上和人氏との対談のところだけで出てくると言ってもよいくらい。

バードウオッチングが好きな人は大きく、
色々な種類を見るのが好きな派

鳥の行動を眺めるのが好きな派
がいるが、著者は間違いなく後者。
後者はスズメが相手でも、しばらく、飽きないで観察し続ける事ができる。
何かと安上がりと言えば、安上がり。
自分もどちらかというと後者だと思う。

鳥にあまり興味が無い人でも、この本を読んだ後は、普段、見かける鳥をちょっとよく見てみよう、という気になるだろう。
珍しくも無い鳥でも、必ず何か面白いと思える事をやってくれるはず。
しばし観察する必要はあるけれども。

ところで、本書は「仕掛け」というには大げさかもしれないが、表紙カバーを取ると、ちょっとした仕掛けがある。
ヒント無しで、こういうのに気が付くと、ちょっとウレシイ。

カテゴリ: 中村 文

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

[edit]

モンスターの正体?! 

怪異 古生物考
 土屋 健(著)、萩野慎諧(監修)、久木 真人(イラスト)



昔話や神話の中にしばしば登場するモンスター達。
そのモデルは古生物の化石では?という仮説の下、神話や昔話で語られるモンスターの姿はある程度、正しい、という前提に立ち、その正体を探るというもの。
登場するモンスター達は、ユニコーン、グリフォン、ルフ(ロック鳥)、キュクロプス(サイクロプス)、龍、ぬえ、天狗、八岐大蛇、鬼・・・と「大物」が並ぶ。
ちなみに、監修とコラムを担当している萩野慎諧氏は、同様の本「古生物学者、妖怪を掘る」(NHK新書)を出している。

「はじめに」に書いてあるが、「〇〇というモンスターの元ネタは××の化石だよね」という話は古生物に関わる人たちの間の「持ちネタ」にもなっているらしい。
また、この本では、モンスターの正体を決めにかかっている訳でもない、と断っている。
あくまで、〇〇という本の記載が正確だとしたら、古生物(時に現生種も)の××の可能性がある、と言っているにすぎない。

確かによく似ている、というものから、ちょっと強引だろう、というものまで、様々。
ただ、著者もそれを承知で書いている。
素人の思い付きレベルから、専門家の反論まで、「ツッコミ」が来るのを期待している。
今後、侃々諤々の議論をして、盛り上がれば、という期待があるらしい。

印象に残ったのは「龍骨図」と「天狗髑髏図」の話。
いずれも日本の江戸時代に発見された「龍」の骨と「天狗」の骨。
どちらもその精密な絵図が残っているため、現在の学者が見て、〇〇の骨ではないか、と推論が可能になっている。
ちなみに、江戸時代の一部の学者も現在の学者と同じ結論に至っていたらしい。

目の前のものの正体が分からないなら、分からないなりに正確に記録に残す。
そういう事を意識していなくても、芸術家として、目の前のものを正確に描写しようとする姿勢が結果的に学者の記録と同じ意味を持つケースもある。

西洋の科学が大々的に日本に入っている前であっても、科学的なものの考え方ができる人がいた(それも少数ではなさそう)という事に驚き。
それどころか、得られる情報の量を現在と比較すると、江戸時代の学者の方が優秀だったのでは?という気さえする。

カテゴリ: 土屋 健

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

[edit]

「敵/味方」思考 

「世界を敵と味方だけに分けたら、
全てを焼き尽くす事になっちゃうの」

--ナウシカ(「風の谷のナウシカ」原作より)

ナウシカを「母」と呼ぶ巨神兵オーマへの言葉。

9/4 朝日新聞朝刊の連載「平成とは あの時」 第11回
「9・11が崩した二つの宝
 「敵/味方」思考 日本にも伝播」
という記事を読んで、思い出した言葉。

「敵」を作る事は、「味方」を団結させられるし、本当の問題から目をそらせることができるので、人を大勢集めて、何かしようとしている人がよく使う、大昔からの常套手段です。

が、「敵」と言われた人は?
"敵"と言われた人も同じ思考なら、「あいつらこそ"敵"だ!」とか言って、お互いドンパチ。
それが行き着く所まで行くと、"世界を焼き尽くす事"になってしまうのでしょう。
昨今、"敵"に対しては、何をしてもいいというような風潮もあるので、あながち極端すぎる、とも言えません。

それに色々なものを"敵"呼ばわりし続けると、いずれ自分以外は"敵"になってしまいます。

「漫画家本 Vol.1 藤田和日郎本」(小学館)で、藤田和日郎へのインタビューの中で、「許せるヤツが一番強い」という事が語られていたのを併せて、思い出しました。
「指輪物語」(J・R・R・トールキン 映画「ロード・オブ・ザ・リング」原作と言った方が分かりやすいでしょうか)でも、悪い魔法使いに最も痛烈な一撃を与えたのは、主人公フロドの「あなたを許します」という言葉でしたし・・・。

でも、最も難しいのも「どこかのタイミングで許して、手を引く事でしょう。」(前述の、藤田和日郎へのインタビューより)

[edit]

ビルのふしぎな旅 

ファザー・グース
  ウィリアム(ビル)・リッシュマン
  武者圭子 訳
   新潮社


読了日:2018/08/18

あらすじ・要約:
「鳥と共に空を飛びたい」と願った男が、その夢を実現させるまでを描いたノンフィクション。
ハンググライダーにエンジンをつけただけのようなウルトラライトプレーン(超軽量飛行機)で飛ぶ著者と、それと編隊を組むカナダガンの写真が印象的。
映画「グース」(1996年 監督:キャロル・バラード)の原作(というより原案)

感想:
2014年から2017年の初夏の時期、3年連続で、近くの公園でカルガモ親子を観察する事ができた。
2014年:https://park-photo.at.webry.info/201405/article_7.html
2015年:https://park-photo.at.webry.info/201505/article_1.html
2016年:https://park-photo.at.webry.info/201607/article_3.html
その時、もしチビカモ達が、自分の後をついてきてくれたら、興奮のあまり、鼻血を出して倒れていたに違いない、と思ったものだった。

チビカモがついてきただけでも、大騒ぎなのに、鳥と一緒に空を飛ぶなんて、うらやましい以外のなにものでもない。
ただし、そのための準備はしなくてもいい、という前提で。

ところで、本書にはカラー写真も豊富に掲載されているが、その写真を見て思うのは、やはり「飛んでいる鳥の姿は美しい」ということ。
その姿を手が届きそうな場所から見られる、それどころか自分の後をついて飛んでいる、というのは、うらやましいを通り越している。
もっとも、映画「WATARIDORI」(2001年 監督:ジャック・ペラン)を見る限り、鳥の方からすると、飛ぶ事は、そんなに優雅なものではないみたいだが。

それにしても驚かされるのは鳥の方向感覚の鋭さ。
渡りの往路は著者がガンたちを先導したが、復路はガンたちだけで戻ったという。

チビカモを観察していた時も、散歩の置いてけぼりをくったヒナが、鳴いても迎えが来ない事を悟った途端、自分で家族を追いかけていったのを何度か目にした。
しかも追いかける途中、道に迷うそぶりは全く無し。
もっとも鳥たちに言わせれば、人間の方が鈍すぎるのだろうが。

最近、読んだ「鳥」(ジェニファー・アッカーマン 鍛原 多惠子 訳 ブルーバックス)にも書かれていたが、所謂「鳥頭」は、褒め言葉として使わなければならないのかもしれない。

カテゴリ: ウィリアム・リッシュマン

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

[edit]

最新記事

カウンター

プロフィール

検索フォーム