小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

Articles

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三度の飯より国が好き?

「ぷちナショナリズム症候群」
 香山リカ  中公新書クラレ


この本は10年ほど前に出版されたもの。
「愛国」という言葉が軽くなり、気軽に愛国心を叫ぶ人たちが急増した頃、その社会的背景を考察した本である。

たしかに「愛国」という言葉が軽くなって久しい。言われてみれば、そうなってきたのもこの本が出版される前くらいからかもしれない。
(あくまで「そんな感じがする」というレベルでしかないが)

作品名は忘れたが、昔、読んだ司馬遼太郎の本の中で「”愛国心”というものは、揮発性の高い可燃性ガスと同じ様なもの」と言っていた。

「愛国」には「生まれ育った土地に愛着がある」というレベルから、「三度の飯より国が好き」というレベルまで様々あるが、司馬遼太郎の言う「揮発性の高い可燃性ガス」をことさら煽り立てる連中は、「愛国心」を隠れ蓑に使って、何か魂胆がある連中だと思っていた。

ところが、「愛国」を叫ぶ人たちの中には、伝統的な「愛国」とは違う人がいる。
そういう人たちにとっての「愛国」は、スポーツを応援する時のフレーズの一つでしかなく、「日の丸」も国旗、というより「応援マーク」でしかない。

別に「愛国」という言葉でなく「かとむつ」(この言葉自身には意味ナシ)という言葉であっても構わず、応援マークとしてコンセンサスが形成されれば、「日の丸」でなく、抽象画のような旗でもかまわない。

このような「愛国者」が増えてきたのは、なぜかを考察している。
その際に「エディプス・コンプレックス」「(心理学の用語での)切り離し」というキーワードが出てくるのが、精神科医である著者らしいという感じがするが、その考え方には共感が持てる。


ところで、著者も懸念しているが、この「気軽な愛国者」が極右に利用される恐れがある。
気軽に叫んでいたつもりが、いつしか極右に取り込まれ、気が付いたら極右を支える側になっていた、ということがあり得るのだ。
最後の章にそうならないための「シナリオ」を挙げているが、こればかりは、上手い具合にいくかどうか分からない。


以前から時々「法則作り」をやっているが、その中の「名作(迷作?)」の一つに

「”愛国”と叫ぶ声の大きさと愛国心は反比例する」

というものがある。

手前味噌だが、この「法則」、作者の意図した以上に普遍性がありそうだ。
スポンサーサイト

Paging Navigation

Navigations, etc.

About This Website

/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。