小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

Articles

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

怪異19編

10月はたそがれの国
 レイ・ブラッドベリ
 宇野利泰 訳
  東京創元社


レイ・ブラッドベリの短編集。

表紙のイラストが不気味な印象を与える、と思っていたが、やはり不気味な話が多い。

印象に残ったのは「使者」「風」の2編

「使者」
病気で寝たきりの主人公。

その飼い犬は話相手として、近所の人を連れてくることがあったが、ある時、帰ってこなくなってしまう。
事故に巻き込まれて死んでしまったのかと思われたが、そうではなかった。
「客」を連れてくるのに時間がかかっただけだったのだ。

それもそのはず、「客」は死の国にいたのだから・・・。

死者が生き返る話「ペットセマタリー」(スティーブン・キング)を思い出してしまった。
「使者」で訪問してきた「客」は、生前と同じか、それとも「ペットセマタリー」のように「別のモノ」が入り込んだものなのか。

「風」
風の中に潜む「何か」に命を狙われるようになってしまった男の話。
男は戦争中、ヒマラヤ地方で、風が生まれ、死ぬ場所を発見し、そこで「何か」の秘密まで見てしまう。
男の話を聞かされた友人は、半信半疑だが、男の切羽詰った様子に異常事態が起きている、という事だけは感じとる。

霧の中の「何か」に襲われるのは「ザ・フォッグ」という映画。
こちらは「怨霊」とでも言うべきものだったが、「風」の中に潜む「何か」は、もっと掴みどころのないものとして表現されている。

言われてみれば、風(特に暴風)は、時に何か意識があるもののようなふるまいをしている気がする。
スポンサーサイト

オマージュ?偶然?思い過ごし?

何かが道をやってくる
  レイ・ブラッドベリ
    創元SF文庫



2012/06/05、レイ・ブラッドベリ氏、死去。享年91歳。
・・・というニュースを聞いたので、急遽、追悼の意味も込めて、ブラッドベリの作品を読むことに。


ある年の万聖節前夜(ハロウィン)、13歳だったジムとウィルの2人が体験した異様な世界。

真夜中に街にやってきたカーニバルの一座。一見、普通のカーニバルのように見えるが、何かが違う。
特に「故障中」という貼り紙のある「鏡の迷路」と「メリーゴーランド」

それを裏付けるように「鏡の迷路」では、2人が通う学校のフォレー先生が中で「何か」を見て、半パニックに陥る。

そして、ついに2人は見てしまう。
カーニバルの一員、クガー氏が逆に回るメリーゴーランドに乗ると、みるみる若返り、ついに少年の姿になるところを。

旅のカーニバル一座、というのは「楽しい」というイメージがある反面、一般人にしてみれば「どこの誰とも知れない不気味な存在」でもあるのだろうか。

ふと思い出したのは、スティーヴン・キングの「IT」

主人公達と対立するIT(「彼」でもなく「彼女」でもなく「アレ」としか呼べないもの)は決まった姿は持っておらず、相手が心の底で怖れるものに姿を変える事ができる。
ただ、多くの場合、ある決まった姿で現れる。

その姿とは「ピエロ」

しかも、ITは、ある町に一定の間隔でやってくるが、本作品のカーニバル一座も(周期は分からないが)かつて何度か町にやってきている。
「IT」では、その町は「狩場」だからでは、とほのめかされる。
本作品では、なぜ何度もやってくるかという理由は明かされないが、もしかしたら・・・と思えてくる。

さらに両作品とも主人公達は(結果的に)相手の持つ能力を逆手にとる事で「敵」に勝利するが、その後で、主人公にとってかけがえのない人物を取り戻すための「儀式」を行う点まで共通している。
キングのブラッドベリへのオマージュなのか、単なる偶然の一致なのか。

「進歩」は「退化」?

華氏451度
  レイ・ブラッドベリ 著
  宇野利泰 訳




本が禁制品となった世界。
本は麻薬か伝染病のように忌み嫌われ、発見次第、焼却処分される。

主人公ガイ・モンターグは本の焼却処分を行う「焚書官」
「逆消防士」とでも呼ぶべき仕事。

モンターグは、とある焼却処分の現場で、偶然から禁制品の本を手にしてしまい、自らの仕事に疑問を持ち始め、ついには追われる身になってしまう。
ちなみにタイトルの”華氏451度”は、摂氏だと233度。この温度は、紙が自然発火する温度だという。

巻末の解説によると1950年代のアメリカのマッカーシズムを風刺するために書かれたらしい。
だが、モンターグの上司ビーティの語る「焚書官の仕事の来歴」の話は、今の事を言っているのでは、と思えるほどだ。

曰く「テレビなどのメディアが発達し、スピードを求められるあまり、複雑な事は省略され、短く単純化される」
曰く「深く考察することは敬遠されるようになり、様々な事は、ますます省略・単純化される」
曰く「手っ取り早く、結果だけ手に入れられるものが好まれる風潮が広まる」

伊坂幸太郎「魔王」の中で出てきた
「お前たちのやっていることは、”思索”でなく”検索”だ」
というセリフがふと頭をよぎった。


「分かりやすい一言」の連呼。
なんでもかんでも単純な「二項対立の図式」に還元する手法。
どこかの国でよく使われているような気がするのは、考えすぎだろうか。

さらにグサッとくるのは、本作の中で、本が禁制品になったのは、暴走した政治家が勝手に決めたのではなく、多くの一般の人が求めた結果、という点。
政治家は一般人に何一つ強要などしていないのだ。

「進歩」「発達」だと思っているものは、実は(ある意味)「退化」なのか、と思ってしまった。

Paging Navigation

Navigations, etc.

About This Website

/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。