小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

Articles

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歌は世につれ世は歌につれ

日本の軍歌
  辻田真佐憲
    幻冬舎新書


「軍歌」と聞くと、「硬い」「泥臭い」「古臭い」といったような言葉を連想する。
ただし、これは今の感覚、しかも個人的な感覚でしかない。

軍歌が作られた当時のレコード(もしくは楽譜)の販売データからすると、軍歌は決して、上から押し付けられたものではなく、当時の「ヒットソング」であった事が分かる。
そんな軍歌の誕生から末路までを解説したもの。
ただ、本書では軍歌を「政治的エンターテインメント」として捉えている事が特徴。

当初(明治初期)は「日本人」という発想自体が希薄だったため、国民の意識を同じ方向に向けるための(安上がりな)道具の一つとして使われた軍歌。
日清戦争の頃に「国民的エンターテインメント」として普及、それ以降、政治的スローガンの刷り込み、ニュース速報の道具として使われるようになる。

1885年(初めての軍歌「来たれや来たれ」が登場した年)から終戦の1945年までに作られた曲は一万超。
単純に計算すると、1年当たり約167曲。
ざっくりと、2日に1曲、作られていた事になる。

直感的に異常なくらいの数、と思ったが、やはり他国と比べても、この数は、多い方らしい。

これだけの数を上(政府)が作れるわけもなく、当初はエリート官僚が作成していたが、普及するにつれ、民間の方が活発に軍歌を作っていたそうだ。
新聞社主催の歌詞募集の懸賞まで設けられたとか。

「今、軍歌が作られたとしたら、アイドルが軍歌を歌うだろう」という一文が印象に残る。
歌詞なしで聞いたら、普通のポップスとして聞けるような曲だろう。

ところで、「歌は世につれ世は歌につれ」と言われるが、軍歌も例外ではなかった。
日清戦争、日露戦争の頃は、イケイケドンドンという感じ(日露戦争の頃は若干、マンネリ化もあったが)

そして太平洋戦争末期の頃になると、「断じて斃せ」とか「命が的だ」とか、(今の感覚で見ると)ムチャクチャか、悲鳴としか思えない内容になってくる。
当時の人は、どんな気持ちで、この軍歌を聞いたのだろうか・・・。

印象に残ったのは、1930年代以降のレコードの検閲の話。

検閲する側の体勢が脆弱だったため、レコード会社側に「自主規制」を行わせた。
作詞、作曲者は当局に睨まれたくない、レコード会社は、せっかく作ったレコードが発禁にされては丸々、損になる、検閲する側は全てをチェックする必要がない、と利害が一致し、「利益共同体」ができあがる。

著者によると、このような利益共同体ができてしまうと、「マズイ」と思っても、止められなくなる、という。

ちょっと考えただけでも、思い当たるフシが多々ある。
巨大公共事業。
選挙違反でよくある話。

そして、遥かにスケールダウンして、御用組合(会社の経営側の意のままになる従業員組合)

第三者の立場から、こういう仕組みの問題点は指摘できるが、では実際に問題の解決方法は?と聞かれると、お手上げ。
かなりの荒療治以外に止める方法はあるのだろうか。
スポンサーサイト

Paging Navigation

Navigations, etc.

About This Website

/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。