小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

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終わっても、終わっていない物語

夕凪の街 桜の国
 こうの史代 双葉社


「夕凪の街」と「桜の国」の2篇からなる。

「夕凪の街」は、広島に原爆が投下されてから10年後が舞台で、
主人公(皆実)自身も被爆している。

普段は、日々の生活に追われ、意識することはないが、「幸せ」を
感じる度に小さな声が聞こえてくる。
「家族や知人は死んだのに、自分は死なずに残された」

なぜ、自分は生き残り、他の人は死んだのか。
生き残った事に後ろめたさを感じてしまっているのだ。

ただ、その想いも、恋人の一言で救われる。
「生きとってくれて、ありがとうな」

しかし皮肉な事に、その一言は、ある意味、張り詰めていた
気持ちまでも絶ち切ってしまったようで、主人公は、それ以降、
寝込んでしまう。


「桜の国」は「夕凪の街」の主人公の弟(凪生)の子供たちの物語。
父(凪生)が子供たちに内緒で、遠出をしていることを不審に思った
娘が後をつけることを思いつく。
途中、ばったり出くわした幼馴染と父を尾行するが、父が向かった
先は広島だった。
思いがけず、自分の家族の「過去」を見ることになった、という話。


どちらも、ごく普通の人の、平凡な生活の中に突如「原爆」という
暗闇があらわれるのが、恐ろしい。
著者の別の作品の「この世界の片隅に」にも同様の恐ろしさがあったが、
そちらは、正に戦争中が舞台であった。
こちらの方は、原爆投下自体から10年、50年も経っている時代
が舞台なのだ。

いつまでも忘れてはいけない物語。
当事者、もしくは、その家族にしてみれば、見ないで済むなら
見たくない話、忘れたままにしておきたい話なのかもしれないが・・・

「夕凪の街」の最後のモノローグが重い。

「このお話は
  まだ終わりません。

 何度夕凪が
  終わっても
   終わっていません」
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庶民の暮らし

「この世界の片隅に」
  こうの史代  双葉社

太平洋戦争中の昭和18年から20年が舞台。主人公すずは広島から
呉に嫁いでくる。

戦争は、どこか遠くの出来事であるかのように扱われ、主人公の
こまごまとした生活の様子が描かれる。
ちょっとした「事件」はあるものの、平穏な日々、平凡な日常が続く。
だが、間違いなく戦争は行われていて、日々の暮らしの中、突然、
その闇はぱっくりと口を開ける。

直前まで、のどかな日常風景であったのに突然起こる「戦争」。
またマンガの絵柄自体もほのぼのとした感じなので、その落差が
恐ろしい。ただ、救いは、変にジメジメした感じにならないところだ。

たとえ打ちのめされるような事があっても、いつまでも落ち込んでいない。
(いつまでも落ち込んでいるのは贅沢なのだろう)
庶民のたくましい、と言うべきか、したたかな生き方も垣間見える。


作品の中で印象に残った言葉。

「生きとろうが、死んどろうが、
 もう会えん人が居って、ものがおって、
 うちしか持っとらん、それの記憶がある。
 うちはその記憶の器として、
 この世に在り続けるしかないんですよね」

「私のこの世界で出会ったすべては
 私の笑うまなじりに
 涙する鼻の奥に
 寄せる眉間に
 振り仰ぐ頸に宿っている」

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