小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

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ふるさとは遠くにありて思うもの

S・Fマガジン
 2011年 2月号



今回、気になった作品は、大西科学の「ふるさとは時遠く」

標高によって時間の進み方が変わる世界。標高が高い所の方が時間の進み方が早い。
(世界各国の首都は標高の高い所に移っている)

主人公は首都に住み、仕事をしている人物。その主人公が6年ぶりに(首都より標高の低い)故郷に帰ってきた時の話。
時間の進み方が違うため、故郷にいる姉より、はるかに年上になっている。

姉は故郷にいた頃の「弟」と同じように接しようとするが、主人公の方は、最初、どう接していいか、迷ってしまう。
姉にとっては弟に会うのは数年ぶりでしかないが、主人公にとっては何十年ぶりとなる。

小さな策略を用いて、弟を取り戻そうとする姉。
が、弟の方は首都にいる間にいろいろ(家族や仕事)を背負ってしまったので、「策略」は成功しない。

文字通り、住む世界が違ってしまった姉と弟。
この作品では、「時間の進み方」が異なるという事になっているが、現実の世界で、このような事はないだろうか。

長く離れていた家族と再会した時、自分の中の時間は、何十年も経過しているのだが、相手の方はもっとゆっくり進んでいたら?
どちらの「時間」にあわせるべきなのか、最初、迷ってしまうだろう。

こんな場合でもどちらかに合わせて話をしていればいいだけなのだが、この作品ではもっと残酷な結果が待っている。
仮に姉の「策略」が成功したとしても、弟が姉より、はるかに年上になっている、という事実は変わらないのである。
「ふるさとは遠くにありて思うもの」なのだろうか。

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発達したAIは電気羊の夢を見るか

SFマガジン
  2011年 1月号

もう「2011年 1月号」か、と表紙を見て、思ってしまった。何かとバタバタする年末だ。

 :
閑話休題
 :


今月号の目玉はテッド・チャンの新作「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」

発達したAIに対して、ペットや子供・恋人と同じような感情を持つようになっていく人間の物語。

実体のないソフトウェアに対して、感情移入するなんて、と思うかもしれないが、かつての「たまごっち」やPSPのゲーム「どこでもいっしょ」、最近の例ではDSのゲーム「ラブプラス」にハマっている人がいることを思えば、架空の話と片付けられる内容ではない。

これらのゲームでは対象となるキャラはコンピュータの中だけの存在だが、この作品の中では、AIの「体」として人型ロボットが開発されたという設定になっている。

コンピュータの中だけの存在と分かっていながらも感情移入できる存在が、本物の体ではないにしても「実体」を持ったらどうなるだろうか?

受け答えだけでは機械と人間の区別をするためのチューリングテストに楽々、合格してしまうほどのAIに「実体」が加わったら、もはやそれを「ソフトウェア」と割り切ることができるだろうか、自信はない。

この作品の中では、AI用の体は、一目で明らかに機械と分かるが、もしこれが機械と簡単に区別できないほど精密に出来ていたら、となると、今度はフィリップ・K・ディックの作品のように「本物とそれ以外のもの」や自分自身が「人間」なのか「機械」なのか分からない、といったような話にもつながると思う。

深く考えると「意識」とは何か、という問題にもつながってくるので、少し怖くなるほどだった。

ホーガン流 知性の発達史

SFマガジン 2010年12月号

特集は冲方丁だが、印象に残ったのは、「ジェイムズ・P・ホーガン追悼特集」として掲載された「プリンセスに銀の靴を」だった。
79年に発表された作品で、本邦初訳となる。

ある少女がロボットと共にある星を目指していたが・・・

最初は、単純な話かと思って、読み進めていくと、次第に主人公である少女の置かれている状況が明らかになっていく。
その中で、ロボットが少女に語るロボットの人工知能の進化の話が非常に面白かった。
人工知能の進化としているが、ホーガンの考える知性の発達の歴史なのだろう。

しばらく前にホーガンの「星を継ぐもの」を読み直したが、それ以外の作品もいくつか読み返したくなった。

40周年 その1

「SFマガジン」
2010年 10月号


ハヤカワ文庫SFは、今年、創刊40周年になる。

今月号は、その記念特集のパート1。
ハヤカワ文庫SFは、刊行の際、反対する声が多かったらしい。
反対派は年配の重役連が多かったので、その説得のために森優
(SFマガジン2代目編集長)は

「立川文庫(書き講談による青少年向けの文庫本)のSF版」

という言葉を使ったところ、すんなりと納得が得られたそうだ。
ものは言い様、という気もするが、この言葉が出てくるあたり、
現場の人間の想いが垣間見える。


また、今号には名作SF再録として、次の4作品が掲載されている。

「夜来たる」(アイザック・アシモフ)
 6つの太陽を持つ惑星ラガッシュ。最低でも一つは太陽が空に
 出ている夜のない世界。
 万有引力の法則を発見した科学者が2000年に一度だけ「夜」が
 来ることに気がつく。
 夜のない世界に、夜が来たら・・・という思考実験のような話。

 これを元にして、ロバート・シルヴァーバーグが長編版を出版
 している。
 こちらの方は、以前、読んでいたので、いつかオリジナルの方
 を読んでみたいと思っていたのが、思いがけなく実現した。

「輪廻の蛇」(ロバート・A・ハインライン)
 時間を自由自在に行き来する航時局員を主人公。
 ある人物を航時局員としてスカウトするために近づくが、その
 スカウトしたい人物というのは・・・

 タイトルの「輪廻の蛇」は、自分で自分の尻尾をくわえて環に
 なっている蛇のこと。この事から何となく内容の想像がついて
 しまう人がいるかもしれない。

 一度、この作品を読んだ後、作中の事実関係の理解に自信が
 持てず、再度読み直してしまった。
 正しく理解できていたが、ちょっとオチには釈然としない
 ものが残った。

「鉢の底」(ジョン・ヴァーリイ)
 著者の「八世界」という未来史の中のエピソードの一つ。
 「八世界」について知識のない人も十分楽しめる。
 実際、自分も「八世界」という言葉は、解説のページで
 はじめて気がついたくらい

 主人公は、ある宝石を求めて、金星までやってくる。
 金星の辺境で、目当ての宝石を見つけるが、その宝
 石の正体まで知ってしまう・・・

「オメラスから歩み去る人々」(アーシュラ・K・ル・グィン)
 「理想郷」と言ってもいいくらいの都市、オメラス。
 ただ、オメラスには、そこに住む人すべてが知っている
 暗部があった・・・。
 自分だったら、「暗部」は見なかったことにしてしまう
 かもしれない。

 NHKの「ハーバード白熱教室」で扱われるようなテーマ
 のような話だ、と思ったら解説によると、その授業の時に、
 当作品に言及されたらしい。

巻末に「ハヤカワ文庫SF完全リスト(上)」が載っている。
タイトルと表紙、著者名などの情報が掲載されているので、
どれを読んだ事があるか、初めて読んだのは、どれか、と
いう事をチェックしてみるのも面白いかもしれない。 

ゴチャゴチャ

SFマガジン
 2010年9月号


特集は「東京SF化計画」

東京を舞台にしたSF短編3本と「東京SF大全」と銘打って、
海外SF・日本SF・ノンフィクションを紹介している。

程度の差はあるが3本とも先進的な都市の中にふと現れる
伝統的な日本の姿、というものが描かれている。
しかもその東京は破壊と再生を何度も繰り返し、妙な生命力
さえ持っているようなイメージもある。
(うち1本の「トウキョウ=マガイ」では、東京の持つ得体
 の知れなさが強調されている)

実際、アンドレイ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」
(1972年)に未来的な道路のイメージだ、という事で首都高速
を走るシーンがある一方で、荒俣宏の本などを読めば、東京は、
まじないだらけであることも分かる。

ちなみに自分が見た時の記憶では、首都高速のどこを走って
いるか分からなかった。
(当然と言えば、当然だが、手がかりになりそうなものは
 写っていなかった)


(多くの)欧米人には、この東京のゴチャゴチャ感が不思議に
見えるのだろうが、自分は何だかんだ言っても好きである。
それとも、長年、近くにいたせいで、慣らされただけだろうか。

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