小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

Articles

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Do you understand ?

わかったつもり
 読解力がつかない本当の原因
  西林克彦  光文社新書



本を読んで「分かった」「よく読めた」と思える時は、どんな
時だろう。

今までは、漠然と「その本の内容について、ある程度、語れる」
とか「他人に説明できる」くらいになった時かと考えていた。

だが、そんな時でも少し突っ込まれるとシドロモドロになったり、
説明できなくなる事は、よくあることであった。

この本によると「分かった」という状態は、分からない部分が
見つからない、という意味で安定していて、それ以上、深く
進まない、状態になっている、という。
分からない点や、矛盾点などが見つからないため、それ以上、
深く読み進まない状態に陥っている、という事にすら、気が
付いていない、のである。

人が本を読む時は、下から積み上げるように「部分」を読んで、
全体を積み上げていく、のではなく、自分の中に持っている、
知識や文章の背景・情報などから意味を引き出している、という
事をやっているらしい。

馴染みのない話であれば、あまりこのような事はないが、馴染み
のある話であればあるほど、文章を読んで理解する、というより、
なんとなく全体の雰囲気に合う意味を作り出してしまうらしい。

伊坂幸太郎の「魔王」を思い出してしまった。
この作品では「その場の雰囲気、空気」が暴走した挙句、誰にも
制御できなくなった状態を「魔王」と例えていた。

どこかで聞いた事があるような話ほど、細部を無意識に読み飛ばして、
全体の雰囲気と整合性を持つ、自分好みの話にしてしまうらしい。
しかもこれは一部の人がやってしまうのではなく、大多数の人が
やってしまうことなのだ。

しかも、このような事は「本を読む」という事にだけある特別な
現象ではない、と思う。
なんだか、アチコチに似たような話がゴロゴロ転がっている気がする。


これを防ぐためには、結局のところ、意識して訓練するしかない
のだが、ミソは、元の文章と整合性がとれている限り、
「唯一の絶対正しい解釈」
というものは、存在しないのだ。

誰かの解釈を一方的に押し付けるのではなく、あり得る解釈に
ついていろいろ意見を交換することが、「よりよく読む」ための
方法だろう、と思う。
スポンサーサイト

Paging Navigation

Navigations, etc.

About This Website

/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。