小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

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音楽の力

音楽嗜好症
 オリヴァー・サックス(著)
 大田直子(訳)
  ハヤカワ書房


映画「レナードの朝」の原作者としても有名な脳神経科医オリヴァー・サックスによる医学エッセイ。
著者の他の作品でもそうだが、長い脚注が玉にキズ。

「音楽嗜好症」という名前の病気があるわけではなく、音楽に関連する症例と、その考察となっている。
また、症例だけでなく、音楽に関するサヴァン症候群の話や、音と色の共感覚の話などもあり、実に盛りだくさん。

音楽を聴いたり、演奏したり、歌ったりするする事は、脳の様々な部位に関わり、かつ深い部分に根ざしているらしい。
病気やケガで、脳の機能の多くが破壊されてしまったとしても、音楽を認識する機能は、なかなか損なわれない。

歌う事ができる失語症患者がいるかと思えば、リズムをつけて歌うように話す事で意思の疎通ができる認知症患者もいるし、記憶が数秒しか持続しない元音楽家の患者は演奏する事ができる。
そういえば、映画「レナードの朝」でも、指一本動かせない患者が音楽に反応するシーンがある。

自分の事を振り返ってみても、Youtubeなどで、子供の頃、見たアニメや特撮番組の主題歌を聴いたりすると、ストーリーは、さっぱり覚えていなくても、自分でもビックリするほど、正確に歌えたりする事がある。
それに音楽ではないが、「イイクニ作ろう」と言われたら、未だに「鎌倉幕府」と反射的に答えてしまう。
(今は、鎌倉幕府の成立は「1192年(イイクニ)」ではないらしいが・・・)

つくづく思うのは、人間の脳の働きの不思議さ。

チェスや将棋など特定のルール下で行われるものなら、人工知能が人間に勝つ時もあるが、「故障」に対する「冗長性」では、人間の脳の方がはるかに進んでいると思える。
本書で紹介された患者達は、「故障」した機能の代わりに動き出した部分が、過剰に活動してしまっているが・・・。

ところで、実際に音楽を治療に用いる「音楽療法」というものも、あるらしい。

薬も効かない症状に対して、音楽が効く、というのも、不思議と言えば、不思議な話。
(ただ、音楽によって、発作が起きる、あるいは症状が悪化するケースもあるので、音楽は決して「万能薬」ではない。)

一体、人間にとって、音楽とは何なのか?という疑問も湧いてくる。

音楽も作曲者や演奏者との「触れあい」と考えれば、映画「レナードの朝」のラスト近くのセリフが頭をよぎる。
「一番の"薬"は"人の心"(=人との触れあい)だった。」

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目覚めはある朝突然に

「レナードの朝」
  オリヴァー・サックス 著
  春日井晶子 訳
     早川書房


1920年代に流行した病気、嗜眠性脳炎。
体の痙攣が徐々に進行し、次第に体を動かすことができなくなってしまい、やがて脳の機能も停止してしまう、と考えられていた。

そして、30数年後、嗜眠性脳炎患者が入院している病院に勤めるようになった著者は、パーキンソン氏病の治療薬として開発されたLドーパが有効であるかもしれない、と考え、患者に投与しはじめる・・・


オリヴァー・サックスの本は割りとよく読んでいる。
映画の「レナードの朝」を見たのがきっかけで、その原作である本書を読み、その後「火星の人類学者」「妻と帽子を間違えた男」と読み進めていった。

「火星の人類学者」「妻と帽子を間違えた男」は、患者のエピソードが主であるが、本書は、患者達の症例以外にも専門的な事も書かれているので、内容は難しい部分もある。

ただ患者の症例の部分だけでも十分、面白い。
映画では、薬に対する患者達の反応は同じように描かれていたが、実際は、まるで異なるものだったらしい。
中には、文字通り「飛び起きた」人もいたそうだ。


薬のおかげで退院することもできた人もいれば、感情の起伏が激しすぎるようになってしまった人もいた。

悲しいのは、現実に対処できない(患者にしてみれば、気が付いたら30年近い年月が経っていた)ので、自ら望んで薬を中断した患者もいたということだ。
薬の効果との折り合いをつけることができたのは、ごくわずかだったらしい。


考えさせられるのは、薬以上に効果があったのは、「人との触れ合い」だった、という点だ。

薬によって症状が改善したため、長年、会っていなかった家族と再会すると症状が安定するが、家庭や職場など、「自分の居場所」が見出せないと、いくら薬の量を増やしても悪い症状ばかり出てしまったそうだ。

映画の方でもラストで、「”人の心”がなによりの薬だった」という旨の台詞が出てくるが、やや唐突なので、意味する所が分かりにくかった。
が、原作のこの部分を読んだことで、ようやく腑に落ちた。

ありふれた言葉だが、人は人なしでは生きていけないのだ、という事がつくづく思い知らされる。

患者達の「物語」

妻を帽子とまちがえた男
  オリバー・サックス  早川書房



著者のオリバー・サックスは神経学者である。

1990年に公開された映画「レナードの朝」の原作者、
と言えば分かる人もいるだろう。
自分もこの映画で著者の名を知り、そのつながりで
本書を知った。
本書や「レナードの朝」(原作)以外にも「火星の
人類学者」など多数、出版している。

タイトルの「妻を帽子とまちがえた男」というのは、
比喩としての表現ではない。
著者が出会った患者の中に実際にそのような患者が
いたのである。

だがその患者は病院に入院などしていない。
普通に音楽教師として働いていたのである。
「人の顔」「手袋」「バラの花」などのモノを見せても、
それが何か認識できないだけだったのである。

(ちなみに「人の顔」は認識できないが、相手が動いたり
 すると独特のクセがあるらしく、すぐ誰か、という事が
 分かるらしい。
 また、バラの場合は、匂いをかがせてみると「バラ」
 ということが分かった、という)

そういう事がある点以外では健常者と全く変わらなかった
そうである。


この本には、神経の機能が一部、壊れてしまったために
「奇妙」としか言えない状態になった患者たちが紹介
されている。

症状のために苦しんでいる者もいれば、うまく折り合い
をつける者、症状の存在さえ自覚できない者もいる。

著者は、そんな患者達の「症状」だけに注目するので
はなく、「人間」として理解しようとする。

ある面では「異常」だが、別の面では、「すぐれた」
能力を持っている、というケースを数多く、目の当たり
にし、「異常」な面ばかりに注目し、「すぐれた」
部分を犠牲にしてしまうような治療に疑問を持った
からである。

ただし、その「すぐれた」部分は、病院での検査など
では、まず分からないし、時間もかかる。
(残念ながら、様々な事情で途中までしか、経過が
 語れない患者も出てくる)

本書は著者が患者一人一人と向き合って作り上げた
「人間としての物語」を集めたものである。
行間から、著者の人柄がにじみ出てくるような印象を
受ける本であった。

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