小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

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「その日」は来るのか?

宇宙人の探し方 地球外知的生命探査の科学とロマン
   鳴沢真也
     幻冬社新書


SETIとは「地球外知的生命体探査」(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)のこと。

著者は日本におけるSETIの第一人者。
2009年には、日本全国同時SETI観測「さざんか計画」を、2010年には世界同時SETI観測「ドロシー計画」を実施している。

なお、ドロシー計画は第1次観測から第5次観測まで行っていて、第5次観測は2013年7月から開始し、11月も継続中。
以前、著者のHPで第5次観測を行う事は認識していたが、まだ継続中とは知らなかった。
(いつまで観測するのかは、本書の中には明確に書かれていない。)

一般向けの解説書ではあるが、結構、難しい事まで書いてあったりする。
(その部分が分からなくても、全体の理解には影響ないが・・・)

著者の前作「ぼくが宇宙人をさがす理由」(旬報社)では「ドロシー計画」の事は、あまり書かれておらず、どちらかというと半自伝的な作品であったが、本書はSETIについてに絞り込まれている。
「ドロシー計画」のHPが削除されてしまっていたので(著者のHPは残っているが)最新情報が分かったのがうれしい。

ちなみに「宇宙から来た72秒のシグナル」には、タイトルの元となった「Wow!シグナル」や、META計画(スピルバーグが出資)で受信した5つの不可解な信号、それと「さざんか計画」についての事が描かれている。


ところで、SETI観測では考え方が2通りある。
・メッセージ主義:地球外知的生命体が送ってきたメッセージを受信しようとするもの。
・ダイソン主義 :地球外知的生命体の活動によるなんらかの痕跡を探そうとするもの。

※「メッセージ主義」「ダイソン主義」共に本書でのみの用語

これまでの大多数のプロジェクトは「メッセージ主義」だが、著者は、どちらかというと「ダイソン主義」の方らしい。

SETI観測にもいろいろあるが、中には「アイディア勝負」という面が大きいものも・・・。
・地球外知的生命体が捨てた「核のゴミ」を探す。
・地球外知的生命体の無人探査機を探す。
・地球外知的生命体の超高速宇宙船の軌跡を探す。
 :
などなど。
だんだん、SFと区別がつかなくなってくる。

少し意外だったのは、SETIは電波ばかり使うものと思っていたが、光学的なSETIもある、というもの。
その名も「OSETI」("O"は"Optical")
正月料理と間違えそうだが、1961年には、OSETIの可能性についての論文が出されていたという。
1972年には旧ソ連でOSETI観測の事例もあるそうだ。

OSETIは電波を使ったSETIを補完するものと勝手に思い込んでいたが、それぞれ、一長一短があるため、どちらがいいとも言えないらしい。
知らなかった・・・。

本書の最後の方には「宇宙人を発見したら、どう行動すべきか」という事が書いてある。
「地球外知的生命体からの信号の発見に関する議定書」を元に解説しているが、果たして、この議定書が役に立つ日を見る事があるだろうか?
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いつでも探しているよ、どこかに君の姿を

ぼくが宇宙人をさがす理由
  鳴沢真也
    旬報社


SETI(地球外知的生命体探査:Search for Extra-Terrestrial Intelligence)
地球外知的生命体が発している電波を探す研究。

映画「コンタクト」で題材にされたので、覚えている人もいるかと思う。
(この映画の原作は、天文学の分野では、その名を知らない人はいない、と言ってもいいほどの有名な天文学者、カール・セーガン)

SETI は外国でだけ行われているわけではない。日本でも少ないながら行われてる。
著者は日本で数少ないSETI研究者の一人。

2009年11月の11日と12日に日本全国の30あまりの観測施設が同時に空の一点を見つめた。
日本全国同時SETI観測「さざんか計画」である。

この計画のリーダーとなったのが、著者。

なぜ「さざんか計画」という名なのか、今まで分からなかった。
が、11月頃にも梅雨があるそうで、「さざんか梅雨」とも言われるらしい。
それが由来だという事がようやく分かった。

この「さざんか計画」については、「宇宙から来た72秒のシグナル」に詳しい。
http://randokukanso.blog79.fc2.com/blog-entry-164.html

ちなみに、この本を某書店の書籍検索用パソコンで検索したところ「超科学」の分野に分類されていた。
こういうタイトルを見ただけで、判断する人が多いのだろうか。
・・・となると本書は?確かめてみたい気もする。

この「さざんか計画」は、SETIの本場、アメリカでも注目されていた。
著者はヒューストンで開かれた宇宙生物学会に招待され、そこで発表を行う。

そして、ここで知り合った研究者に「日米合同SETI」を提案する。
この「日米合同SETI」は、その後、どんどん話が膨らみ、ついに「世界合同SETI」(ドロシー計画)となった。
「ドロシー計画HP」:http://www.nhao.jp/~narusawa/oseti/project-dorothy-j.html

本書は、2010年11月5日から7日にかけて行われた「ドロシー計画」の実現までの裏話と著者の小学生から大学の頃の話が中心となっている。
ただ、小学校高学年を対象としているようなので、大人が読むと少々、物足りない。
(お門違いの文句ではあるのだが)

焦らしておいて、またもう一冊、という作戦だろうか、とさえ思ってしまう。

ところで「さざんか計画」も「ドロシー計画」もSETIのための観測であるが、もう一つの大きな目的が「SETI研究者のネットワークを作る」こと。
まずは日本で、そして、日米での協力体制を一足飛びにとばして、世界各地の研究者のネットワークが作られた。
学会で話を聞くより、一緒に仕事をした方が強固な繋がりができるのだろう。

こういう話を聞くと、今、隣の国と領土のことで悪口を言い合っている人達がいかに狭量かがよく分かる。
そういう意味でも子供に「ドロシー計画」のような話を読んでもらうは、いいのかもしれない。

それに、なによりも著者が今、行っている研究を継いでもらわなければならないから。

耳をすませば

宇宙から来た72秒のシグナル
  鳴沢真也 KKベストセラーズ



SETI(Search for Extra-terrestrial Intelligence)とは「地球外知的
生命体探査」のこと。

1960年にコーネル大学の天文学者フランク・ドレイクがウェストバージニア
州グリーンバンクのアメリカ国立電波天文台で行った「オズマ計画」が SETI
の最初である。
ちなみにフランク・ドレイクは「地球外文明の数を推定する計算式」を提唱
した人物でもあるので、そちらの方で知っている人も多いと思う。

SETI は、これ以後、アメリカを中心に世界各国で実施されている。が、今に
至るまで、地球外知的生命体からの信号が観測されたという事実は確認されて
いない。

だが、すべての観測が空振りに終わったわけではない。

1977年、オハイオ州立大学の電波望遠鏡が、いて座の方向から通常のノイズ
の30倍もの強さの信号を観測した。
(後にこれは「Wow! シグナル」と呼ばれることになる)

1985~1995年の「メタ計画」(スピルバーグが出資)では、いっかくじゅう座、
うみへび座、カシオペヤ座、いて座に5つの怪しい電波源が発見された。
(通称「ビッグファイブ」)

これらの信号は地球外生命体からの信号と認めるための基準のほとんどを
クリアしていたが、一つだけ、そして最も重要な条件を欠いていた。

それは「再現可能性」

後に同じ方角にアンテナを向けても、信号は観測されなかった。そのため、
未だにこの信号の正体は謎のままである。

SETI は外国で行われているだけではない。2009年11月に日本全国の
30あまりの観測施設が同時に夜空の一点を見つめた。

観測対象となった領域はカシオペヤ座付近。
メタ計画で2番目に強い信号が観測された領域である。
(「さざんか計画」と名づけられた)

この本は、「さざんか計画」のプロジェクトリーダーの鳴沢真也氏(兵庫県立
西はりま天文台・主任研究員)による「さざんか計画」実現までの長い道のり
を綴ったものであり、SETI の歴史を解説したものであり、鳴沢氏の半自伝でも
ある。

大規模なプロジェクトならではの様々なトラブル。それによるプレッシャー。
最大の理解者であった同僚の突然の死。
古参の仲間との仲違い。

さらに追い討ちをかけるように、本番まであと数ヶ月というところで、西はりま
天文台のある街付近が豪雨により死者が出るほどの災害にあってしまう。
天文台自身や街の復興に明け暮れる日々。

被害の大きさに愕然としながらも、街の人の「星を見たい」という一言に
支えられる。
また、支援物資を持って、いち早く天文台に駆けつけてきたのは、仲違いした
仲間だった、というあたりは映画も顔負けの展開である。

SETI の話を抜きにしても、十分、引き込まれてしまう。

このようにして、様々な苦難を乗り越えて実行された「さざんか計画」
2日間のみの観測、ということもあり、有意な信号は観測されなかった。
が、日本各地の多くの観測施設が連携して観測する、という経験が得られた
のは大きい。

今年は冒頭にふれた「オズマ計画」から50周年の記念の年にあたる。
アメリカでの研究会の会合に鳴沢氏が招待されたことがきっかけとなり、
日米合同観測計画「ドロシー計画」が発表された。

鳴沢氏自身は、さらにその後は、世界中の観測施設とも合同で SETI を
行いたい、と考えているらしい。
自分が生きているうちに「その日」が来ることはあるだろうか。

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