小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

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正体不明の怪物、その名は「世間」

「太郎が恋をする頃までには・・・」
   栗原美和子   幻冬舎


最初、この本の内容は猿回し芸人とテレビの第一線で働くキャリアウーマンの立場の違いからくるギャップを乗り越え結婚にまで至る話か、夫が猿回し芸人として成功するまでの様子を妻が描いたものと思っていた。

が、予想は見事にはずれ。

ほぼ自分達を描いた恋愛小説ではあるが、同時に被差別部落出身者への差別問題を扱った内容でもある。


村崎太郎の出身については、この本で初めて知った。

思い返してみると、昔、テレビで「猿回し、という芸の暗い過去を自分が振り払いたい」という旨の発言をしていたのを思い出した。
その「暗い過去」が何を指しているかについては、何の説明もなかったので、少々、ひっかかる内容ではあったが、いつしか忘れていた。

被差別部落の人々は、住む地域も制限され、農業・漁業の権利も奪われ、職業は人が嫌がる仕事に携わる以外なかった。
ただし、これ以外にも携われる職業があった。

それは「芸人」。

農業・漁業ができないため、芸を見に付け、祝い事のある家に行っては、芸を披露し、祝儀をもらう、という事も昔からやっていた。
その中の一つが「猿回し」である。

以前、テレビで聞いた「猿回しの暗い過去」とは、この事だったのだ。


小説の中で主人公「五十嵐今日子」は、猿回し芸人の「海地ハジメ」を取材する。
「海地ハジメ」は、その中で何かを感じたらしく、取材後も会い、「五十嵐今日子」を口説き始めた。

当初、あまりに住む世界が違うと思いつつ、「海地ハジメ」の熱心さに引きずられるように交際を始めるが、やがて惹かれていく。
そして、ある夜、「海地ハジメ」が語り始める。
「俺の・・・俺の家族の歴史を聞いてくれないか?」


被差別部落の問題も含めて「差別は悪い事だ」というのは、一般的な共通認識であろう。
ただし、「自分や家族・親戚がその当事者でない限り」

自分や家族・親戚がその当事者になってしまった場合、本人や周囲の人間は突然、「世間」という名の正体不明の圧力に悩まされる。
「世間」というものは、「構成員」も曖昧で、率いる「リーダー」もない掴み所のない存在。

「責任者、出て来い!」
と怒鳴り込みたくても、特定の場所に事務所がある訳でもない。

そんな「世間」を相手にする戦いは、どこから何が飛んでくるか分からないし、どこまでやれば「勝利」を得るのかもよく分からない。

戦うとしたら、こんなに恐ろしい相手はいない。

そのため、「世間」の評判を恐れる人を批判することは出来ない。

だが「世間」を恐れる気持ちが、差別に加担することにもなってしまう、という悪循環があるのも事実だ。

「海地ハジメ」やその一族は、そんな「世間」に長く苦しめられてきた。
その苦しみは、本を読んでも想像がつかない。


差別というものは、その原因を探れば、根拠の無い事ばかりだと思う。

「なぜ差別するのか?」という問いをすると、理路整然と「理由」を説明できる人などいないはずだ。
突き詰めていけば、理由にならないような理由しか残らないだろう。

だが理屈で「差別は悪い」と説明したところで、差別はなくならない。
人には理屈でどうこうできない「感情」というものがあり、差別は、この「感情」に根ざしているので、いくら理屈で説明しても、なかなか消えない。

ある日、突然、差別がなくなるような方法が考え出されれば別だが、「差別は悪い」という事を根気よく言い続けるしかないのだろう。
どうすべきか、という事はにわかに言う事はできない。

少なくとも一番悪いのは「差別」の存在そのものを否定し、フタをして「なかった事」にすることだとは言える。
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