小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

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巨匠の共作にして遺作

「最終定理」
 アーサー・C・クラーク
 フレデリック・ポール
   小野田和子(訳)
  早川書房



SFの二大巨匠、アーサー・C・クラークとフレデリック・ポールの共作。そしてアーサー・C・クラークの遺作でもある。

「フェルマーの最終定理」というのは、
3 以上の自然数 n について、

x^n + y^n = z^n
(xのn乗+yのn乗=zのn乗)

となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない、

という定理のことである。


問題文自体は単純そのもの。

実際、n が2の場合、この式は、中学で習う「三平方の定理(ピタゴラスの定理)」そのものである。

だが、17世紀に出された問題は、1995年になって数学者のアンドリュー・ワイルズがようやく証明した。
(それも150ページもの枚数を用いた証明)
なお、「フェルマーの最終定理」を証明するまでの数多くの人物の苦闘は、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」に詳しい。


主人公は、そのフェルマーの最終定理をワイルズの証明より簡潔な方法で証明できるはず、と信じて捜し求める。
また、それとは別の次元の話だが、核の力を手にした人類を「危険」とみなした異星人が人類の抹殺を配下に命じて、地球へ派遣する。

ちなみに人類抹殺を命じた異星人は、クラークの作品によく出てくる「物理的な体を持たない意識だけの存在」である。今回は「グランド・ギャラクティクス」という名前だ。
なじみがない名前なので、勝手に「幼年期の終わり」に出てきた「オーバーマインド」と読み替えていた。


(以降、ネタバレあり)


この作品には個人的に少々、不満がある。一言で言えば、あまりに楽観的すぎるのだ。

作品の中で世界各国は、あちこちで小競り合いを繰り返しているが、それを解決する方法として登場するのが、最新の特殊兵器を持つ、国連の組織による介入だ。
なんだか「沈黙の艦隊」や「ガンダムOO」を連想してしまう。
具体的には、電磁波爆弾を用いた「ケンカ両成敗」である。(電磁波爆弾を使うのは、電子機器だけをダメにするため)

これにより世界から少しずつ紛争は少なくなっていく。(ドロドロの国際政治の裏舞台の取引といったものは、残るが)


が、正直、これには楽観的すぎる、という気がする。

「電磁波爆弾」
が開発されれば、当然、次にくるのは
「電磁波爆弾を防ぐ装置」
で、その次は、
「電磁波爆弾を防ぐ装置をものともしない電磁波爆弾」
で、お次は、
「電磁波爆弾を防ぐ装置をものともしない電磁波爆弾を防ぐ装置」
 :
(以降、同様のため省略)
 :
と、延々といたちごっこが続くというのは、容易に想像できる。

それに兵器の開発競争が起こらなかったとしても、それを使う組織が未来永劫、腐敗しないとは断言できない。
(物語の中でもそれを防ぐ仕組みは整えられているが、それでも自然法則ではなく、人間が決めたルールでしかないので、いつか穴があくだろう)

フレデリック・ポールの作品は読んだ事はないが、アーサー・C・クラークの作品に共通して言える事は「科学の進歩への楽観的な期待」というものがある。
今回は、頭に「超」をつけたくなるほどだった。


と、ここまで、否定的な事ばかり書いてしまったが、いい意味で裏切られた点が一つあった。

当初、「フェルマーの最終定理」と異星人の(人類を抹殺しようとする意思を持った)来訪がどのような関わりを持つのか、と思ったが、実のところ、何の関係もない。

タイトルの「最終定理」とは、「フェルマーの最終定理」のことではないのだ。
それどころか「フェルマーの最終定理」の証明は、物語上、あまり重要な位置を占めていない。
(主人公が大きな名声を得る出来事なので、重要と言えば重要だが・・・)

別の「最終定理」が異星人の来訪と関わってくるのだ。(ちなみに、その「最終定理」は、科学とは全く関係ない)
むしろ、この「最終定理」が世界の紛争を解決するために必要な事だ、ということを言いたいために、ツッコミどころ満載の「特殊兵器」とそれを使う団体を登場させたのかもしれない。

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この記事へのコメント

アメリカのSF黄金期の作品は楽観的だという気がします。

兵器に対する兵器がどんどんエスカレートしていくのに思わず苦笑してしまいました。
それから、基本的な疑問があります。
精神だけが存在する宇宙人というのはアリでしょうか?
漫画『スター・レッド』を思い出しますが、精神だけの存在というのは生物として矛盾していないでしょうか?
私は現象学に共感を覚える点があるのですが、精神と肉体の両立においてこそ物事を識ることが出来る気がします。

  • 20110403
  • 敦 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: アメリカのSF黄金期の作品は楽観的だという気がします。

今回は「紛争解決」という生々しい問題に対してのものだったので、楽観的な部分が見えすぎた、という感じがします。
(他の作品では、あまり気にならない程度なのですが・・・)

精神だけの存在になった異星人、というのはクラークのお気に入りのアイディアのようで、他の作品にもたびたびでてきます。

でも、それを「生物」と呼んでいいのかどうかは、たしかに「?」ですね。

作品中でも「意識の集合体」とか言ってたりするので、それは「人工知能」に近いのでは、という気もします。


  • 20110403
  • Tucker ♦-
  • URL
  • 編集 ]
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