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正義の負け犬 

正義のミカタ
 本多孝好
  双葉社


いじめられッ子の主人公、蓮見亮太。
が、大学に進学すれば、そんな生活ともおさらば。
なぜなら、元々、大学進学率の低い高校の上、同じ高校からの受験者がいない事を注意深く確認した上で受験したからだ。

大学でもいじめっ子はいるだろうが、高校時代の経験から、その見分け方なら身に付いている。
そんな連中と関わらなければいい。

バラ色の学生生活の始まり。
・・・と思いきや、よりによって一番タチの悪いいじめっ子だった畠田が同じ大学に入学していた事が判明。
しかもまた、捉まってしまう。

明るい学生生活は儚い夢だったのか、と諦めかけたその時、「救世主」が現れる。

助けてくれたのは、桐生友一。
高校ボクシングのインターハイ3連覇の肩書きを持つ猛者。

友一に助けられた後、訳も分からないまま、とある部室に連れてこられる。
その部室の看板には、こう書かれていた。
「飛鳥大学学生親睦会 正義の味方研究部」

その名前からするとオタク集団を連想するが、学生自治会以上、警察未満といった感じのグループ。
大学内のトラブル(特に警察沙汰にすると被害者まで傷付くようなケース)を監視し、仲裁する。

いじめられていた所を助けられたのがきっかけだったが、亮太は、この「正義の味方研究部」に「スカウト」されたのだ。

部員は5名。それぞれ、腕力・知力・交渉力などで図抜けた能力を持っている人たち。
自分は一体、何が買われたのだろうとクビをひねる亮太。

友一曰く、「ディフェンスにおいて、ほぼ完璧。攻撃も身に付ければ鬼に金棒」
高校時代、いじめられ、殴られ続けた事で(悲しいことに)ダメージを最小限にする方法を自然と身につけていたのだ。

自分が役に立てる事があるのだろうか、と思いいつつ、6人目の「正義の味方研究部」メンバーとして活動を始めることになる。

個人的には「正義の味方研究部」には、何よりまず、「危うさ」を感じてしまった。
その設立の経緯、これまでの活動内容を見ても、その名に恥じる事は何もない。

が、これから先は?
「正義の味方研究部」が暴走した時、それを止める仕組みがないのだ。
そうでなくても、わずかだが「上から目線」的なものを端々に感じてしまう。

最後まで読み進めると、どうやら部長を選ぶ際に歯止めになりそうな人物を選ぶ事になっているようだが、それもルールとして明確に決まっているわけでなく「申し送り事項」のようになっているだけ。

その条件とは「かつていじめられッ子であった事」
いじめられる「痛み」を「自分の痛み」として知っている者でなければならないようだ。
が、その条件も一歩間違うと「復讐」に向かってしまう危険性もある。

亮太も最初のうちは無我夢中だったが、ある大きな事件を契機に「正義の味方研究部」に違和感を感じてしまう。
かつていじめられッ子だったせいか、「悪」として叩かれる側の事情も理解できるのだ。

相手がやっている事は悪い事であり、見逃してはいけない事、未然に防ぐべき事ではある。
が、だからと言って、即、ルール違反と言って叩いてよいのだろうか?
自ら好んでやった者と他に選択肢がないからやった者を一緒くたにしていいのだろうか?

「1つの間違いを怖れて、9つの悪を見逃すのは間違っている。
 ただ間違えた方にとっては10の中の1つだが、間違えられた方にとっては、それがすべて。
 そして、自分は間違えられる側の人間だから、「正義の味方研究部」にはいられない」
という旨の亮太のセリフが印象に残る。

そのセリフに共感を覚える自分も「間違えられる側」の人間なのだと思う。
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カテゴリ: 本多孝好

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

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