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「お祓い」せよ 

バチカン・エクソシスト
 トレイシー・ウイルキンソン
   文春文庫


「エクソシスト」
1973年に公開された映画の大ヒットで、この言葉は一躍有名になった。

映画はフィクションだが、キリスト教(カトリック)の教義の一つとして「悪魔祓い」(エクソシズム)は存在し、それを行うエクソシスト(悪魔祓い師)は実在する。
本書は、そのエクソシスト自身や悪魔祓いを受けた人物、精神科医らがそれぞれの立場から「実在するエクソシストの姿」を描いたもの。

エクソシストはイタリアなど迷信深い人々が多い土地では割りと普通な存在らしい。
教皇庁立の大学にはエクソシスト専門の講座もあるほどだとか。

が、「悪魔祓い」という儀式はバチカンにとっては痛し、痒し、といった存在のようだ。

公的には「迷信に走るな」と言いつつ、現実には「悪魔祓い」の儀式も認め、実際に行っている。
本書によると「悪魔祓い」は、バチカンにとってはあまり注目を浴びて欲しくない話題らしい。

またエクソシストの中にもかなり温度差がある、というのが面白い。

半ば嫌々やっている者から、ド派手な活動で注目を集める者まで。
エクソシストと真っ向からぶつかるのが精神科医だが、こちらもエクソシスト寄りの立場から「百害あって一利なし」派まで、実に様々。

「悪魔」は、本当にいるのだろうか。
概念的な「悪魔」ではなく、独立した人格(悪魔格?)を持ち、人間を操ることのできる存在としての「悪魔」は?

ちなみに日本では(公式には)エクソシストは存在せず、「悪魔祓い」(日本では「祓魔」)が行われた記録もないらしい。

この辺りからだけで考えると「悪魔」は存在せず、「悪魔祓い」が求められるのは文化的背景によるもの、と思える。
が、日本でも「呪い」だ、「たたり」だ、と言って、仏教・神道・その他新興宗教などに「お祓い」を頼んだりする。

そう考えれば、儀式で祓おうとしている対象は、呼び方が異なるだけであって、実質的には「同じ存在」なのかもしれない。
ただし、そんな「存在」は空想の産物、という可能性も充分にありえる。

主に心の問題で原因不明の事態に対処しなければならない時に、一番安心できる存在が、キリスト教圏のある地域では「エクソシスト」であり、日本では仏教・神道・その他新興宗教などであり、別の人々にとっては精神科医なのかもしれない。
その意味では「エクソシスト」は、これからも求められるだろう。
ただ、それぞれが、自分の専門分野の限界をわきまえ、手に余ると判断したら、ただちにしかるべき分野の専門家に委ねる、という柔軟性は持っていてほしい。
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カテゴリ: トレイシー・ウイルキンソン

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

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