小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

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同工異曲

ファインマンさんは超天才
 クリストファー・サイクス
 大貫昌子(訳)
  岩波現代文庫


ファインマンさんの家族や、友人、同僚など親しい人々が語るファインマンの素顔。
本人へのインタビューもたくさん盛り込まれている。

ただし、話の内容は「ご冗談でしょう、ファインマンさん」「困ります、ファインマンさん」などの「ファインマンさんシリーズ」で既に紹介された話がほとんど。
同工異曲の本だと言える。

「ファインマンさんシリーズ」を読んだ事がある人は、数々のエピソードを思い出しながら読む事ができるし、読んだ事がない人には、「ファインマンさんシリーズ」の”入り口”になるだろう。

タイトルにある「超天才」だが、天才も「並みの天才」と「超天才」の2種類あるという。

「並みの天才」は、誰でも、その何倍か頭がよければ、なれるような天才、「超天才」は魔術師のようなもので、その思考過程は想像を絶する、というような天才の事を指しているらしい。
個人的な定義では、ここで言っている「並みの天才」は「秀才」で、「超天才」が「天才」に当たるのだが、それについては本書とは関係ないので閑話休題。

これまでの「ファインマンさんシリーズ」と内容的に重ならないのは、最後の章の「死ぬこと」
(皮肉な感じもしないではないが・・・)

ファインマンさんは「自分の死」でさえ、「新たな挑戦」のような感覚で、向き合っていたようだ。
無論、楽しい挑戦では無かったようで、物理など他の事を考える機会があれば、喜んでそちらの事を考える事をしていた。

ただ、「死」について考える事から逃げてばかりいた訳ではなく、その中でもファインマンさんらしいユーモアを見せる事もしばしば。
「この死ぬってことは、何とも退屈きわまるよ」
という事さえ言っている。(趣味のいいジョークとは言いかねるが・・・)

印象に残った言葉は
「(死ぬ事について考えると)もちろん僕だっていやな気持ちになるがね、でも君が考えるほどじゃないよ。
 なぜかというと他の人に言いたいことはもう十分話してあるから、その人々の心の中に僕が生きている気がするからだ。
 僕をそこいらじゅうに拡げちゃった感じだね。
 だから、たぶん死んだあとも、完全にいなくなっちまうわけじゃないよ。」
というもの。

いかにもファインマンさんらしい言葉だと思う。
そして、ファインマンさんが直接、話をした人以外にも、「ファインマンさんシリーズ」などの本を読んだ人の中にもファインマンさんは生きているのだろう。

それを証明するかのようなエピソードが最後に紹介されていた。

ダニー・ヒリス(コンピュータ学者)がファインマンさんと議論する夢を見た時のこと。

夢の中で
「ねえ、リチャード、いったいなぜ僕に話をしたりしてるんです?
 もうとっくに死んでるのに!」
とファインマンさんに言うと、すかさず、このようにやり返されたそうだ。
「まあいいよ。
 少なくともこれなら邪魔が入らなくていいじゃないか!」
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