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「力」が欲しいか!? 

無力
 五木寛之
  新潮新書


「むりょく」ではなく、「むりき」と読む。

仏教用語で「他力」(たりき)と、それに対する「自力」(じりき)という言葉がある。
「自己に備わった能力を使うことを”自力”、仏・菩薩などの働きを”他力”という」(ウィキペディアより)

しばらく前から、いろいろな言葉に「力」が付けられていた。
「コメント力」「社長力」に「日本力」、挙句に「税金力」
それをネタにブログ記事を書いたこともある。
http://randokukanso.blog79.fc2.com/blog-entry-51.html

個人的には「力」そのものに「力」が付く日を夢見ていた。

が、何にでも「力」を付けようとするのは、(不安なので)強い軸となる「力」が欲しいからではないか、
力強い(というか、威勢だけはいい)言葉が喝采を博するのは、裏を返せば、不安や自信のなさの現れだ、と著者は言う。

そろそろ、「力」(「自力」もしくは「他力」)とは決別すべきでは?
「自力」「他力」に対する概念として、著者が提唱したのが「無力」(むりき)という言葉。

この「無力」という考え方は、冒頭では
「自力でもなく、他力でもなく、その先にある世界」
と言っている。

が、その後を読むと、「自力」と「他力」の一方だけに偏るのではなく、状況によって、どちらかの「力」の間を行ったり来たりすることを指している。
「無力」とは「自力」と「他力」を包み込むものである。
ただ正直、あまりパッとしない印象も受ける。

近頃、(一時期ほどではないにしても)「ブレないこと」がもてはやされるが、それが本当にいい事だろうか?と以前から疑問を持っていた。

「ブレないこと」=「融通が利かない」では?
「ブレないこと」にこだわるあまり、当初、想定していなかった問題が判明し、反対意見が出ても、「もう決定した事だから」と耳を貸さずに、物事を進める事になるのでは?
もちろん、言う事がコロコロ変わるのも迷惑至極なのは分かる。

要は、どちらか一方に偏るのではなく、バランスの問題なのだ。
「無力」も、それと同じ。

「ブレないこと」を誇り、難しそうな問題に対しても、一言で、バシッと言い切ってしまうより、一見、パッとしなくても、悩んでフラフラする事を受け容れる。
曖昧である事を受け容れるのも大切ではないだろうか。
もちろん、バランスが重要ではあるが・・・。
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カテゴリ: 五木寛之

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

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