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自由 

銃夢(ガンム) Ⅴ [新装版]
 木城ゆきと
  集英社


ザパンとの戦い(4巻)でボロボロになったガリィを待っていたのは過酷な現実だった。

ガリィを拘束したファクトリー(空中都市ザレムの下部組織)は
「クズ鉄町を救った事」
には一言も触れず、
「銃器の使用」(クズ鉄町では銃器の使用は最も重い"A級犯罪"に分類される)
のみを問題視し、死刑(廃棄処理)を言い渡す。

問答無用で廃棄処理されようとしていたガリィを救ったのは、ビゴットと名乗るザレム人。

ビゴットはガリィに「取引」を持ちかける。
「自分達の"道具"になるならば、命は助けてやる」

"No"="死"なので、まともな「取引」でないことは明らか。
だが、ガリィは、その申し出を受け入れる。

なぜなら、ザレムの"道具"としての最初の任務は、狂気の科学者ディスティ・ノヴァ教授を追うことだったから。
ノヴァ教授は暴走したザパンに殺されたイドを生き返らせる事ができる、と言っていたから。

その言葉の真意は不明だが、ガリィはイドに会いたい、という一心で、ザレムの"道具"、TUNED(チューンド)になる。

一方、ノヴァ教授はクズ鉄町を去り、ザレムへの反乱組織「馬借(バージャック)」の参謀に納まっている事が判明。
ガリィはノヴァ教授を追って、荒野を目指す・・・。

この巻では、主に「バージャック」の前線部隊との戦いが描かれる。
ただ、裏テーマとしては「自由」があるような気がする。

図らずもガリィと共に戦うことになったのはフォギア・フォアとヨルグ。
そして、敵ではあるがナックルヘッドの3人の「自由」が交錯している。

泣き言ばかり言うヨルグに対して、ガリィは
「臆病者!」
と罵るが、フォギアの
「ヨルグには帰りを待っとる妻と子供がいるんじゃ!
 勘弁してやらんかい!
 失うものが何もない、お前とは違うんじゃ!」
という言葉に何も反論できなくなる。

ただし、ガリィは一見、自由に見えるが、その実「TUNED」として常にザレムに監視されている。
そのためだろうか、ガリィが最も生き生きとするのは戦いの中で、何も考えず、頭の中が真っ白になる瞬間に生きがいを感じる。
ただ、それは現実から逃避しているだけ。

バージャックの一部隊の隊長ナックルヘッドは、本能的にそんなガリィと自分が似ていると感じ、執拗につけねらう。
ラストの方で、ガリィは、ただ暴れる事ができればそれでいい、と言うナックルヘッドと対峙した時、相手の中に自分自身の姿を見て、愕然とする。

この巻でのガリィは人間らしさをかなり失っている(ザレムの"道具"にされた事でそうなっているのだが)ので、あまり共感できない。
むしろ、人情派フォギアの方が主人公のような存在感を出している。

印象に残ったのはヨルグのセリフ。
我が身可愛さにガリィとフォギアを裏切ってしまうのだが、その時のセリフがグサリとくる。
「『自由』なんて強い奴だけの特権なんだ!
 オ 俺は『自由』より『犬の首輪』が欲しいんだよォ~!」

ただ、これはヨルグの本音だったのだろうか?
自分の弱さに対しての「言い訳」に聞こえてしまう。

なぜなら裏切った後、ヨルグの頭をよぎっていたのはフォギアの次の言葉だったから。
「『自由』とは自分で自分の舵をとることじゃ!」

本当に「自由」は強い者だけの特権なのだろうか?
弱い者は「犬の首輪」につながれていた方が幸せなのだろうか?
そんな事を考えてしまった。

ちなみに、ラストでフォギアはヨルグを許す。
ガリィは許したかどうか、よく分からないが・・・。

やはり、この巻の主人公はフォギアなのだろう。


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カテゴリ: 木城ゆきと

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

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