小人閑居

「ベストセラー」より「知る人ぞ知る」といった本を紹介していきたいと思います。

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闇に遊ぶ

「闇学」入門
 中野 純
  集英社新書


「闇」と聞くと、悪いイメージばかり連想してしまうが、日本人は古来、「闇」に親しみ、楽しんでいたのでは?という著者。
「闇」に関わる本を発表する一方、夜の山や街を歩く「ナイトハイク」のガイドとしても活動している著者による「闇」を見直すための入門書。

確かに以前から、夜を無駄に明るくしすぎている、という気はしていた。

東日本大震災の後の節電騒ぎの中で、実は、街中(特に繁華街)を夜、そんなに煌々と照らさなくても、あまり困ることは無い、という事がハッキリした。
むしろ無駄に使いすぎていた事が分かったはずだが、今では「喉元過ぎた」とばかりに、夜の明るさは以前のように戻っている。
(戻りつつある?)

無駄遣いを無視しておいて、「電力の安定供給」のために原発再稼動はないだろう、と思ってみたりして・・・。

ところで、東日本大震災の後の「計画停電」(一説によると「無計画停電」)で、街灯のない夜道の暗さと月の明るさを再認識することになった。

夜道の暗さは、慣れていないせいもあってか、少々、閉口したものの、月の明るさを今更ながら思い知った。
子供の頃、月明かりがあれば、庭で遊んでいたのに・・・。
いつしか月の明るさをすっかり忘れていた。

著者によると、「闇」も慣れてくると、なかなかのものらしい。

天井に電灯があるのが、一般的な家だが、伝統的な日本の家屋は、障子や和紙(行灯など)を使った、いわば「間接照明」。
弱い光であるため、屋内全てを照らす事はなく、家の中にも「闇」があちこちに存在し、日常的に「闇」と親しんでいたのだという。
対して、欧米は蝋燭、ランプなどの「直接照明」なので、日本とは「闇」の質が異なるらしい。

「闇」の質の違いについては、自分の中で比較対象が無いので、肯定も否定もできない。
が、「闇」を一方的に排除するのではなく、もっと親しんでみたら、という点には「なるほど」という気がした。

視覚があまりアテにならなくなるので、その分、それ以外の聴覚、触覚などの感覚が鋭くなり、いろいろ「見えて」くるらしい。
しかも、面白いのは「味覚」も鋭くなるとか。

以前、読んだ小池龍之介の「考えない練習」(小学館文庫)では、考えてばかりいないで、五感で感じる事を大切にしよう、と主張していたが、ある意味、その実践編とも言える。

「ナイトハイク」は危険でもあるので、専門のガイドについていくか、ツアーがあるそうなので、それに申し込んだ方がいい。
が、お手軽なものでは「闇鍋」ならぬ「闇飲み」がおススメらしい。
ミックスジュースなどを飲むと、それぞれの味を感じたり、全く違うような味がしたりするそうだ。
これなら、やってもいいかなと少しだけ思った。

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