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ワクチン 

検証 東日本大震災の流言・デマ
 荻上チキ
  光文社新書


震災関連本を読む、という個人キャンペーン第2弾。

東日本大震災の際にネット上に流れたデマを検証するもの。ただ、ネット上に流れたデマだけで、実際に被災地で流れたデマは扱っていない。

災害等の時は、どうしても「情報の需要>情報の供給」となり、その溝を埋めるために、デマ情報が流れやすい。
その上、冷静な判断ができない状態になっているので、普段ならば相手にしないような情報でも真に受けてしまう事がある。

皮肉なのは、災害時のデマを拡散させるのは「善意」
「自分も何かしなければ」という思いから、情報の正確さ、元ネタ等を気にする事無く、「注意喚起」や「救援を促したり」「救援を誇張したり」して拡散させてしまう。
しかも今は、Twitter等により、個人が簡単に不特定多数の人に対して情報を発信する手段がある。

その結果、本当に救援を求める声が、その他の「ノイズ」の中に埋もれてしまう。
「情報のバケツリレー」そのものは、大切な事なので否定できない。だが、その「精度」が重要なのだ、と著者は言う。

本書の中で面白かった、と感じたのが「災害カーニバル」という言葉。
ブログが「炎上」する事を「祭り」とも称するらしいが、その災害時版、とでも言うべきもの。

通常の「炎上」(ないしは「祭り」)は「暴走した正義感」または「悪意」によるものだが、「災害カーニバル」は、どちらかというと(暴走した)「善意」
自分は渦中にいる、という高揚感から「ボランティアズ・ハイ」とでも呼ぶべき情況が生まれ、「他の人より情報を持っている、それを大声で誰かに伝えたい」と考えるが、現実は、それが正確な情報とは限らない。
こういう声が当事者性を帯びて、「真実味」が水増しされ、一人歩きしていき、デマとなる。

こういう情報をデマと見抜く力には、少々・・・というか大分、自信が無い。
残念ながら、本書を読んでも、デマを見破る力は付かないし、デマの発生を抑える方法もない。

本書ではデマを紹介、検証する中で「擬似的に騙される、という追体験」をし、一種の「ワクチン摂取」をする事に目的があるそうだ。
それにより、次にもし同様のデマを見聞きした場合、「あれ?どこかで聞いたような話だ」という疑問を持ち、デマを拡げるのに加担しない事を狙ったもの。

平素からも「情報を見抜く力」を磨いておく必要はある。
普段、出来ない事は、非常時にできるはずはないから。

ちなみに2012年5月に「虚構新聞」というウソニュースを掲載しているサイトで、「橋下市長、市内の小中学生にツイッターを義務化」という記事が掲載された。
ところが、このニュースが「本物」として、ネット上に拡散し、「虚構新聞」の"社主"が非難を浴びる、という騒ぎが起きた。

サイト名に「虚構」と謳っている上、このサイトの全記事の見出しには、(白文字で見えないが)"これは嘘ニュースです"と書かれているにも関わらず・・・。
自分も最初、この記事を見た時、「?!」と思ったが、「虚構新聞の記事」という事を思い出し、「いかにもありそうな感じがするウソニュース」で「技あり」の記事だった。

その後、「本物のニュース」と勘違いした人達が怒り出した、というニュースを知り、この人達は「何を言っているのだろう」と疑問に思った。
自分の「勘違い」が恥ずかしくて、それを隠すために「虚構新聞」の"社主"に八つ当たりしたのか。

この人達がすべきだったのは「怒る事」ではなく、勘違いした事を認めて「次回の糧」にする事。
・・・と言う事は簡単だが、では実際に自分が似た事をやらかした後、こういう事ができるだろうか、というのはかなり疑問。

なんでもかんでも、というのはムリだが、せめて自分が大切だ、と思っている事に関しては「疑い深い」態度でいたい。
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カテゴリ: 荻上チキ

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

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