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我々は孤独なのか? 

地球外生命 われわれは孤独か
 長沼毅、井田茂
  岩波新書


地球外生命(「知的」は付かない)については、一般的に天文学者は楽観的で、生物学者は悲観的であるらしい。

天文学者は同じ科学法則が支配している世界では、一定の条件さえ整えば、生命の発生は必然と考える。
一方、生物学者は進化の行き当たりばったりぶりを見て、生命の発生には悲観的になるそうだ。

本書では、まず人間の基準で「辺境」(地底、高温、低温、乾燥など)に生息する地球の生命(いわゆる極限環境微生物)と、それらがどのように進化したかを振り返る。
次に生命が住む事が可能な惑星環境について考察した後、最後に地球外生命を観測できるか、という点が論じられる。

地球外知的生命についても論じられるが、それは最後の最後。

SETIの話もチラッと出てくる。
その他の観測方法の話の中で、面白いものとして、遠い将来、ケンタウルス座アルファ星が太陽から3光年までに接近し、バーナード星が太陽から6光年までに接近するので観測のチャンスだという。
ただし、前者は西暦3万年頃、後者は西暦1万年頃となるそうなので、人間の文明が続いているか、という問題が出てくるが・・・

ちなみに自分は、微生物ならば、宇宙(太陽系内も含めて)のどこにいても不思議ではない、と思っている。
生命(微生物)は、想像以上にしぶといものらしい。
ただし、「知的」という言葉がついた途端、存在する可能性はとんでもなく低くなるだろう。
ましてや、「交信」までできるかどうか、となると・・・。

本書の中でも出てくるが、銀河系内で人類が交信できる文明の数(N)を式であらわしたものとして、「ドレイクの方程式」がある。
(この式自体、「理論」ではなく、議論のための「たたき台」として作ったものらしいが)

N=銀河系内の恒星の発生率
  ×惑星を持つ恒星の割合
  ×惑星内で生命に適した惑星の数
  ×そこで生命の発生する確率
  ×生命が知的生物になる確率
  ×知的生物が他の星へ通信を行えるまでの技術文明を発達させる確率
  ×文明社会の持続時間

特に最後の3つ「生命が知的生物になる確率」「知的生物が他の星へ通信を行えるまでの技術文明を発達させる確立」「文明社会の持続時間」は、どんな数字をあてはめたらいいのか、見当もつかない。
それに「文明社会の持続時間」というのは、よく考えると怖い話。
まるで、自分の寿命を聞くような話で、知らないほうがいいのかもしれない、とさえ思う。

ところで、「ソラリスの陽のもとに」(スタニスワフ・レム)の影響で、こういう話を聞くと
「地球外知的生命が存在したとしても、それが理解可能な相手なのか?」
という疑問がいつも頭をよぎる。

ただ、理解不可能だとしても、「孤独ではない」という事が分かるのは、「大きな一歩」になるだろう。
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カテゴリ: 長沼毅・井田茂

テーマ: 読書感想 - ジャンル: 本・雑誌

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